ミリオンダラー・ベイビー
Million Dollar Baby

2004年/日本公開2005年5月

前々回はアメリカの自由と希望を探して旅する『イージーライダー』を。そして前回『ショーシャンクの空に』は刑務所という閉鎖された空間から脱出し希望を叶える話でした。今回は、家族の愛情、希望、そして絶望と悲哀を描いた名作『ミリオンダラー・ベイビー』です。じつは前回「ショーシャンク」を紹介する中で「モーガン・フリーマンのナレーションが素晴らしい」と書きましたが、本作でも彼のナレーションが素晴らしく胸に響きます。モーガン・フリーマンの日本語吹き替えは、たいてい坂口芳貞氏が担当することが多く、それはそれで良いのですが、本作はぜひ吹き替えではなく、モーガン・フリーマン自身による語り口調を味わって欲しいと思います。

物語は31歳のマギー・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)が、トレーラー育ちの貧乏な人生から抜け出そうと、自分のボクシングの才能を頼りに、ロサンゼルスの小さなボクシング・ジムを経営する名トレーナーのフランキー・ダン(クリント・イーストウッド)に弟子入りを志願するところから始まります。最初は「女性ボクサーは取らないし、歳を取りすぎている」と言うフランキーに追い返されますが、これが最後のチャンスだと思っているマギーは、ウェイトレスの仕事と掛け持ちしながらも、残りの時間をジムでの練習に費やします。フランキーの旧友でジムの雑用係、元ボクサーのエディ・『スクラップ・アイアン』・デュプリスは、そんな彼女の素質を見抜いて同情し、フランキーもその真剣さに打たれ、ついにトレーナーを引き受けます。
彼の指導により、腕を上げたマギーは、試合で連覇を重ね、瞬く間にチャンピオンの座を狙うまでに成長。それと同時に、実の娘ケイティに何通の手紙を出しても送り返されてしまうフランキーと、死んだ父親以外の家族の愛に恵まれたことのないマギーの間には、師弟関係を超えた深い絆が芽生えていきます。そしていよいよ、百万ドルのファイトマネーを賭けたタイトル・マッチの日。この試合でアイルランド系カトリック教徒のフランキーは、背中にゲール語で「モ・クシュラ」と書かれた緑色のガウンをマギーに贈りますが、マギーがその言葉の意味を尋ねても、フランキーはただ言葉を濁すだけ。
試合の対戦相手は、汚い手を使うことで知られるドイツ人ボクサーの”青い熊“ビリー(ルシア・ライカー)。試合はマギーの優勢で進んでいきます、ビリーの不意の反則攻撃により倒され、マギーは全身麻痺になってしまいます。彼女は寝たきりの生活になり、家族にも絶望し、やがて死を願うようになります。フランキーは悩みながらも、最後にはマギーに「モ・クシュラ」の意味を囁き、アドレナリンを過剰投与し安楽死させてあげることにします・・・。それから彼は、長年の友人であるスクラップ(モーガン・フリーマン)らを残し、自分のジムから姿を消していきます。(ストーリーはgoo映画などからの引用です)

制作費3000万ドル、制作日数37日間という短期間で作られた映画だと思えぬほどの仕上がりで、第77回アカデミーでは主演女優賞(ヒラリー・スワンク)、助演男優賞(モーガン・フリーマン)、監督賞(クリント・イーストウッド)、作品賞と4部門を受賞。全世界で2億1千万ドル以上の興行収入を記録しました。

役者が良いですね。製作、監督、そして主演のフランキーを努めたのは、言わずとも知れたクリント・イーストウッド。多くの才能あるボクサーを育てつつも、彼らの身の安全を優先してしまい、慎重な試合しか組めず、さらには不器用な説明しかできないことからビッグチャンスを欲するボクサーたちに逃げられ続け、ついには家族にも見放された老トレーナー。こんな役を見事に演じています。男です。悲しみを背負ったような、後姿だけで演技が出来ちゃうところがスゴイ。1930年生まれですから、今年で80歳。本作のときは74歳でした。
とてもそんなふうには見えないくらいのは、『荒野の用心棒』(64年)、『夕日のガンマン』(65年)の西部劇、そして『荒鷲の要塞』(68年)『戦略大作戦』(70年)などの戦争アクション、加えて44マグナムをぶっ放す『ダーティハリー』(71年)シリーズなどのアクション映画で培ってきたバイタリティからでしょうか。さらには『マディソン郡の橋』(95年)や『グラン・トリノ』(08年)など、歳をとってからの文芸作品も良かったですね。日本人には渡辺謙が主演した『硫黄島からの手紙』(06年)が身近な監督作品でしょうか。とにかく、こんなに幅広く、俳優から監督、製作をこなす有能な映画人はおそらく彼しかいないのではないかと思えるような人です。

主演女優はマギーを演じたのはヒラリー・スワンク。97年頃は『ビバリーヒルズ青春白書』などにも出ていましたが、なんと言っても『ボーイズ・ドント・クライ』(99年)での性同一障害者を演じた評価が高く、アカデミー主演女優賞など、多くの賞を受賞、本作で2度目のアカデミー主演女優賞です。あまり多くの作品に出ている人ではないですが、37歳にして2度のアカデミーというのは、なかなかの演技派ということだと思います。最初のアカデミーの受賞スピーチのとき“子供の頃は、本当に貧しく、トレーラーハウスで暮らしていた”ということを発言し、子供時代が不幸だったことを隠さない潔い女性でもあります。
そしてジムの片隅で呟くスクラップを演じたのが、モーガン・フリーマン。前回も書きましたが、『セブン』(95年)、『チェーン・リアクション』(96年)、『スパイダー』(01年)など渋めの演技をやらせたらピカイチの名脇役。近年では『インビクタス/負けざる者たち』(09年)で主演していますが、この映画の監督がクリント・イーストウッドなのですね。なんども書いて恐縮ですが、個人的にはユーモラスな演技が良かった『ベティ・サイズモア』(00年)や『素敵な人生のはじめ方』(06年)が好きですが。

この映画の見所は、マギーとフランキーが、どん底のような暗さから、華やかな世界に這い上がる戦いぶりが顕著ですが、家族の愛を失った二人の恋愛、親子愛にも似た叙情的なシーン、そして悲しく切ないながらも“最後の愛”を貫く男の悲哀など、感情移入してしまうシーンが多々あります。そんな感情をボソボソと、語りかけてくるのがモーガン・フリーマンの「語り」なのですね。とにかく「ボクシングは良く分からない」とか「野蛮な感じ」とか言う前に、観るべき映画です。スポーツ映画ではないです。なお、劇中で語られ、彼女のガウンに刺繍された「モ・クシュラ(Mo Chúisle)」という言葉については「愛するヒトよ お前は私の血」という和訳がされています。この解釈がどういう意味を持つのか、宗教的な意味合いなのかわからないですが、おそらくは「愛するお前は、私たちの家族(民族的意味合いも含め)だ」ということなのだと解釈しています。

最後に「帰ってくると思った奴は帰って来なかった、帰って来ないと思った奴が帰ってきた」というナレーションが響きます。そしてスクラップがフランキーの娘に宛てた一通の手紙とダイナーでレモンパイを食べる男の背中、そんなラストシーンで意味深く終わります。人はどうして生まれてきたのか、どこへ行こうとするのか、どうやって消えていくのか、本作のラストで「老兵は死なず、ただ消え去るのみ(Old soldiers never die; they just fade away.)」というダグラス・マッカーサーの言葉を思い出しました。男の消え方というのは、かくも寂しいものなのか、それとも十分に充実したと満足することなのか、考えさせられた映画です。

▼サウンドトラックビデオから「思索のふち」と「帰郷」いう2曲です。良い曲です。
◆こちらをクリックしてください。

▼映画の名場面集です。音楽は違いますがよくできてます。

▼最後の試合に臨む名場面。
http://www.youtube.com/watch?v=ZDog6-4Y4eM

▼日本語版 映画予告編。
http://www.youtube.com/watch?v=c6D1c2v8S4o

▼英語版 予告編。

ミリオンダラー・ベイビー

悲しいけど、心に残る映画です。
いろいろな解釈があり賛否両論のある映画ですが、
役者陣も素晴らしく、印象に残る映画になるでしょう。